大阪地方裁判所 平成7年(ヨ)2071号 決定 1995年10月27日
主文
一 本件申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第一 事案の概要
本件は、債権者が建売住宅を建築している土地から他の公道に至る私道上に、大部分がその所有者又は共有者である債務者らが、自動車の通行に反対して、障害物を設置する等したため、債権者から、債務者らに対し、右私道の通行を妨害することの禁止、右障害物の仮の撤去等を求めた事案である。
本件申立ての趣旨並びに当事者及び補助参加人(なお、本件において、債権者補助参加人の参加の申し出を許可すべきことは、後記第二の二において判示するとおりである。)の主張は、本件記録における債権者の通行妨害禁止仮処分命令申立書、平成七年八月一八日付け準備書面及び同年一〇月四日付け主張書面、債務者山崎道子、同山崎治男、同佳元俊郎、同大牧サヨ子、同悦田忠臣及び同葛西礼子の答弁書並びに一九九五年八月二九日付け及び同年一〇月一三日付け各主張書面、債務者伊佐正憲、同下山勇及び同下山つや子の答弁書並びに一九九五年八月二九日付け及び同年一〇月四日付け各準備書面、債務者杉組の答弁書及び平成七年一〇月四日付け準備書面、債務者横田みゆきの「意見書」と題する書面、債務者兼濱利幸の平成七年八月二二日付け主張書面、債務者里見善徳、同里見勝弘及び同里見憲子の「異議申立書」と題する書面並びに債権者補助参加人の平成七年一〇月三日付け及び同月一一日付け各主張書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。
第二 裁判所の判断
一 基本的事実関係
疎明資料及び審尋の結果によれば、以下の各事実が疎明される。
1 債権者は、建築業を営む者であるが、住宅を建築して分譲するために、平成七年二月二七日、橋本圭子及び橋本佐利から、その共有していた別紙物件目録記載一及び二の土地(以下「本件土地」という。)を購入した。
2 本件土地は、直接には公道に接しておらず、北西側又は北東側にある公道に至るには、別紙道路目録記載の私道(以下「本件私道」という。)を通行しなければならない。この私道は、合計二七筆の私有地に分かれ、その一部が、債務者悦田忠臣を除く各債務者の単独所有又は同債務者らを含む多数者の共有となっており、その所有・共有関係は、別紙所有者・共有者目録記載のとおりである。なお、債務者悦田忠臣は、債務者葛西礼子の所有する大阪市都島区毛馬町一丁目四六番三〇所在の建物に居住している者である。
3 債権者は、平成七年三月上旬ころ、本件土地上において、分譲住宅四戸の建築を始めたが、債務者らは、本件道路に自動車が進入することに反対し、その少し前である同年一月ころから、債務者らの一部において、本件道路上に、植木柵、自転車、「自動車進入禁止」と書かれた看板を置くなどして、債権者やその工事関係者の自動車が本件道路に進入することを阻止するようになった。
4 その後、債権者と債務者らとの話し合いにより、同年五月初めころ、一定の条件を付して、工事完成までは二トン以下の工事用車両が本件道路に進入することを債務者らは容認するとの合意が成立した。
5 しかし、債務者らは、工事車両以外の自動車の進入及び工事完成後の入居者による乗用車の進入については、依然反対している。
二 補助参加の申出について
債権者補助参加人は、本件について、債権者を補助するため、参加の申し出をしたところ、債務者下山勇、同下山つや子、同伊佐正憲、同佳元俊郎、同山崎治男、同山崎道子、同葛西礼子、同悦田忠臣及び同大牧サヨ子は、これについて異議を申し立てた。
よって検討するに、疎明資料によれば、債権者補助参加人は、債権者と同じく、本件土地のうち別紙物件目録記載一の土地の西隣で、右私道をはさんで同記載二の土地の真向かいの位置にあって、本件私道に面している別紙物件目録三ないし六の各土地上に住宅の建築を完了してこれを所有し、分譲を予定していることが疎明される。そして、右参加の申し出の理由は、本件申立てに対する決定の理由中において債権者の自動車通行を含む通行の自由権または囲繞地通行権が認められれば、後に補助参加人が同様の申立てをした場合に、同人についても同様の権利が認められる可能性が高くなること及び債権者の本件申立てにより妨害物が撤去されれば、招来における債権者補助参加人の分譲住宅への入居者も自動車で本件私道に進入できるようになるというものである。
右のうち、後者の理由については、本件申立てが認容され、障害物の撤去執行がなされた場合の効果を債権者補助参加人が事実上享受できるというものにとどまり、参加の理由とはなし難い。しかし、前者の理由については、本件土地と別紙物件目録三ないし六の土地の位置関係や、債権者と補助参加人の立場の類似性にかんがみれば、補助参加人が仮に債務者らに対して本件と同様の申立てをした場合には、その争点は、本件とほぼ同一のものとなるといえるから、本件申立てに対する決定の理由中において債権者の自動車通行を含む通行の自由権または囲繞地通行権が認められれば、補助参加人が同様の申立てをした場合において、同人についても同様の権利が認められる可能性が高くなる関係にあり、この利益は、補助参加の理由となし得る法律上の利益ということができる。
よって、債権者補助参加人の本件参加の申し出は許可することとする。
三 徒歩又は自転車による通行について
疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債務者らは、債権者が本件私道を自動車で通行することについてのみ反対していること、本件私道の現在の客観的状況によれば、同私道を徒歩又は自転車で通行することについては全く支障がないことは明らかである(なお、審尋の全趣旨によれば、債権者は、本件私道について、もっぱら、自動車による通行を確保するために本件申立てをしたものであることが明らかである。)。したがって、本件申立ては、徒歩又は自転車による通行の自由に対する妨害の排除に関する限度では、その必要性を欠くこととなる。
よって、以下においては、もっぱら、債権者が本件私道について自動車による通行の権利を有しているか否かについて判断することとする。
四 位置指定道路に関する通行の自由権について
債権者は、本件私道は建築基準法四二条二項所定の道路(以下「二項道路」という。)であるから、同私道につき人格権としての通行の自由権を有すると主張する。そして、甲二三号証によれば、本件私道が二項道路であることが疎明される。
ところで、二項道路については、その指定により受ける通行の利益が、私人の日常生活に必須のものである場合には、民事上保護されるに値する自由権といえ、私人がこの権利を侵害された場合には、その侵害が重大かつ継続的なものであるときは、右権利に基づいて、その侵害を排除することができるものと解するのが相当である。
そこで検討するに、まず、債権者は、建築業者であり、本件土地又はその上の建物を生活の本拠としてはいないし、また、営業上の本拠ともしていないことは明らかであるから、本件私道が二項道路として指定されていることにより債権者が受ける通行の利益は、その「日常生活に必須のもの」ということはできない。なお、本件土地上の建物が分譲を予定されており、購入者において自動車を本件私道に進入させることができなければ、右建物の分譲が困難となるという事情があっても、このことをもって、右の判断を覆すことができないことは、いうまでもないことである。また、自動車は、一般に、私人の日常生活にとって重要な交通手段となっていることがいえるけれども、甲二〇号証、乙二号証及び審尋の結果によれば、本件私道は、いわゆる生活道路であって、これに接して居住する住民の洗濯物干し場や子供の遊び場等として利用されていること、右私道は、幅員が概ね二ないし三メートルしかない上、ほぼ中央部分において「く」の字型に曲がっているため、自動車の通行には必ずしも適しないこと、本件私道において、二〇数年前に子供が交通事故に遭遇したことがあったため、債務者らを含む近隣住民の申合せにより、右私道における自動車の通行を原則として自粛しており、本件私道に接して居住する住民で、自動車を所有する者は、近くに駐車場を借りて、そこに自動車を置いていることが疎明される。このような事情に照らすと、本件私道について自動車の通行を差し控えることは、近隣住民が日常生活において等しく受忍すべき相当な負担というべきであるから、このような観点からみても、本件私道を自動車で通行することを日常生活上必須のものと解することは、相当でないというべきである。
したがって、債権者の、通行の自由権の主張は、理由がない。
五 囲続地通行権について
債権者は、本件私道について囲繞地通行権を有するとも主張する。
疎明資料及び審尋の結果によれば、本件土地に接する土地については、本件私道以外の土地にはすべて建物その他の構築物が建てられ、本件私道を通行しなければ、公道に出ることは物理的に不可能であることが疎明される。
ところで、民法二一〇条にいう「公路」とは、公道のみならず、一般人が自由に通行できる私道を含むものと解されるところ、前記に判示したところによれば、本件私道は、徒歩又は自転車によるかぎり、債権者を含む何人でも自由に通行できるのであるから、本件私道は民法二一〇条にいう「公路」であり、本件土地がそもそも囲繞地にあたらないと解する余地もある。その点は措くとしても、前記三で説示したところに照らせば、本件私道において自動車の通行までを囲繞地通行権の内容として肯認することは相当でないというべきである。
したがって、いずれにせよ、債権者の囲繞地通行権に関する主張も、理由がない。
六 結論
以上によれば、債権者の本件申立ては、争いある権利関係についての疎明がないか、保全の必要性がないこととなるから、いずれもこれを却下すべきである。
(裁判官 原啓一郎)
別紙<省略>